便りのないのは悪い便り - 一般システムエンジニアの刻苦勉励 [ITmedia オルタナティブ・ブログ]

 正常運転されてても定期的に通知が来るってシステム? それっていざというときに「メール不感症」にならないのかしら。平常時は「便り無し」、異常時は確実に通知され見落としがない、という方向を目指すべきじゃないかと思う。
 まぁこのエントリの筆者氏は休暇中でもメールを受け取りたいという、よく言えば非常に生真面目な、悪く言えばパラノイアチックなタイプの方らしいんで、狼少年状態とは無縁なのかもしれないが。

Something Orange -  似非オタでもOK!

 本題じゃないとこが気になる気になる。

 『終末のフール』はたしかに一種の終末SFですが、作中の時間は「終末」の3年前に設定されています。
 8年後に小惑星が衝突することが発表されてから5年が過ぎた世界で生きる人々の生活を活写した作品です。

地球に衝突するような小惑星ということはそれほど地球軌道から大きく離れていないところを回ってるわけで、それが衝突3年前ってことはおおざっぱに言って、衝突までにあと2×π×1天文単位×3≒2.8×1012m移動することになる。したがって衝突回避のために地球の半径(約6.4×106m)だけずらすにはarcsin(6.4×106m/2.8×1012)≒1.3×10-3度だけ向きをそらせばよい。
 元の本を未読なんで*1小惑星の質量や組成が不明*2だから断言はできないが、地球の総力を5年間集めれば、このオーダーの軌道変更なら不可能ではなかろう。だとすると、8年後に小惑星が衝突することが発表されてから5年が過ぎた世界とりあえずの小康状態で人びとが日常の延長で行動しているなんてことがあり得るだろうか?*3
 種の拡散計画が実行に移されようとしてたり、小惑星迎撃作戦の真っ最中だったり、経済統制の元でロケットと爆弾の製造に全生産力が優先投入されてたり、そういった社会体制を可能にしようとする勢力と反対勢力の間で戦争状態になっていたり、アーマゲドン・ドリーミングなカルト集団が妨害テロを仕掛けまくってたり、はたまた小惑星のサイズが「人類文明終末」級だが「地球全滅」級ではないのでスペースコロニーやら地下シェルターやらの建設や確保を巡って社会全体が騒然としてたり、等々、といった状況になるほうがむしろ自然なんじゃないだろうかしら。*4
 これぞまさに現代シリアスSFの十戒の6.「パラレルワールドは筋の通った社会でなくてはならない」を真っ向から無視してる状態なわけで、そりゃ、山本弘氏なら酷評するのも無理はない、と思ったのであった。*5
 遠からず地球が終わる、しかしそれは強く実感できるほど直近ではなく、気にせずにいられるほど遠い先でもない。既にそのことが知れ渡ってかなり経つので恐慌も収まり、結構微妙な小康状態となってるという発想は面白いと思うし、

いきなりですけど、僕自身も事故にあったりして、明日死ぬかもしれないじゃないですか。そうじゃなくても、いつかは必ず死ぬ。それこそ3年後に死ぬかもしれない。それなのに、今、全然ビクビクしないで普通に生きていますよね。別にパニックに陥ったりもしていないし。それって“3年後に隕石が落ちてくる”というのと、どこか似てると思うんですよ

という問題意識にはかなり共感するところもあるんだけど、だからこそ舞台設定がハチャメチャでは、せっかくの面白いテーマに移入できずに萎えちゃいますけどね。例えばこれが、感染力も致死率も極めて高いが発症までの潜伏期間の長い病原体が、気がつけば全人類に感染していた、とか、いくらでも矛盾のないシチュエーションは用意できると思うし、そこに気を使えない作家の外挿(エクストラポレーション)がどのくらい見事であり得るかについては、疑問を持たざるを得ないなぁ。

追記

 こちらからトラックバックをいただく。むー、こういう活動とかこういう動向って一般的には知られてないのか。*6 特に具体的な危機が表面化してない段階で既に現実的な計画が立てられてるんだから、少なくとも我々の住むこの世界*7を舞台にした作品であれば、8年もの余裕を持って衝突することが確定してるのに何らかの対策に向けての動きがないほうがよほど不自然だと思うのは、俺がSFオタに過ぎてんのかなぁ。

定量評価……は手に余るんでオーダーを見積もってみる

 ↑では人類が滅亡することが予測されるくらいのサイズの小惑星だと動かすのは難しいかも知れません。地球上でいくら核実験をしても地球の軌道が逸れたりしないのと同じような意味でというご意見に対するお返事としては斜めを向いちゃってるような気がするんで。
 まずは作品内時間に合わせ、衝突8年前に発見されて対策ミッション開始、5年経って今まさに「軌道変更システム」が小惑星近傍へ到達、としてみよう。つまり平穏な小康状態どころか、全人類が手に汗を握ってミッションの成否を見守っているところだ。
 計画開始から軌道変更実施まで5年(ファイブイヤーミッション)では短いようにも思えるが、スプートニク1号、つまり周回軌道に人工物を乗せられるかどうかという段階からアポロ11号まで12年、ケネディの演説、つまりアポロ計画に本気を出してからならわずか8年。人類存亡の危機に米露中欧日が総力を挙げて取り組めば、*8 5年は充分な期間であろう。*9
 ということは、3年後に6.4×106mずれれば良いんだから必要な横方向のΔVはざっくり6.4×106÷(3×365×24×60×60)≒2.0×10-1m/s。
 さて難しいのはターゲットの小惑星の質量。文字通り「地球の終わり」をもたらすとなると、チクシュルーブ級(直径約10km)ですら地上から恐竜は一掃できても我々のご先祖様である小ネズミ類は生き延びたんだから、更にデカくなければならない。更にもう一桁上で地殻津波級(直径約400km)となると、さすがに確実に地球オワタ\(^o^)/ではあるが、これは4大小惑星に次ぐサイズであり、こんなものが地球近傍にありながら未発見ということはあり得ない。
 一方、例えばアポフィス程度(直径約400m)のものであれば未発見であっても不思議はないが、これでは地球規模の影響が出るとは考えられないそうだ。しかもこいつですら発見から衝突するかもしれないと思われた接近まで25年もある。
 ということで「8年前」「地球終末級」という条件を緩めて、「人類壊滅級」で最小のものを想定してみよう。つまりチクシュルーブ級とアポフィス級の中間の質量だ。小惑星の密度もたとえばベスタイトカワでは倍近い開きがあるが、これも中間を取っておよそ3×103kg/m3とすると、*10 チクシュルーブ級で1.6×1015kg、アポフィス級で1.0×1011kg、そこで想定する小惑星の質量は1013kg(直径約4km)としよう。
 こいつに2.0×10-1m/sのΔVを与えるんだから必要なエネルギーは1013×2.0×10-1×2.0×10-1÷2≒2.0×1011J、TNT換算で2.0×1011÷4.2×109≒48トンである。
 62年前のリトルボーイですらその放出エネルギーが約15キロトンで重量は5トン、無反動砲に装填し通常3人の兵士で運用できるデイビー・クロケットTNT換算20トン。もちろん爆発力の100%が軌道変更に寄与するわけはないが、小惑星TNT換算50トン分の運動エネルギーを与えるシステムを1トンを切るぐらいの重量で作成することにそれほど大きな困難はあるまい。
 それを小惑星近傍に送り込む手段だが、先日ケレスとベスタを目指して打ち上げられたドーン探査機が燃料込み1.2トンでNASAの緊縮財政による制約の中でもメインベルトまで4年で到達することを考えれば、地球の総力を挙げれば例えば2年で地球近傍軌道の小惑星付近に1トンのシステムを到達させる宇宙機を3年間でできれば複数建造する、という構想は決して不可能なことじゃなさそうである。
 ちなみにチクシュルーブ級であっても質量、つまり必要なエネルギーが2桁上がるだけなんで、5キロトン分のエネルギーを与えればよいことになる。これもリトルボーイのエネルギーと重量から考えれば、5年あればどうにかなりそうだ。
 やれやれ、えんえん計算した甲斐があったというもんだ。*11

*1:もっともそういう数値等を明記してある、あるいはそもそも設定しているとはとても思えないが。

*2:8年前になって初めて衝突することが判明する程度の小ささという上限は定まっている。

*3:可能性があるとしたら、天体観測と軌道計算の技術は発達しているが、宇宙航行と核弾頭の技術ははるかに遅れており、やけっぱちで暴れるような連中がきわめて少ない=住まう人間が我々よりかなり冷静で理性的なパラレルワールド、かな? もっともそれならそれで、宇宙航行や核弾頭の技術に比して衝突の影響を評価する能力が高い理由を何か考えねばならんし、我々よりはるかに冷静で理性的な人びとの社会をどう描くかのほうがよっぽど難しい気がするが。

*4:これが『ひとめあなたに…』のように、発表から衝突まで一週間しかないのなら、あきらめるかパニクるか、ぐらいしか行動しようが無くなるんだろうけど。

*5:mixiのアカウントを持ってないんで引用部以外でどのように評してるかは知らない。

*6:もっとも、一般の読者はともかく、そのネタで本を書いて読者に金を出してもらおうというのであれば、NASAやスペースガード協会の活動、「NEO」「トリノスケール」といった概念を知ったり取材したりした上であって欲しい。いかにもっともらしく嘘をつくかが商売の筈なんだから。

*7:正確には「衝突することが確定したという事実」を除けば違いのない世界、か。

*8:もちろん総力を結集できないような世界情勢になってたとしたら、それはそれで「平穏な小康状態」とはほど遠いだろう。

*9:なにしろミッション自体は無人でOKだし、例えば結果として軌道のズレが計算値の倍になってしまっても無問題、つまり不確実さを物量で補うことも可能。

*10:出典は『理科年表 平成19年』のp.88

*11:ツァーリ・ボンバがどうのこうのと書いてたところは、恥ずかしいことに小惑星の密度を6桁間違えてたんで削除しました。g/cm3からkg/m3への換算で錯乱してました。