一昨日のエントリにはてブでコメントをいただいた。

Thsc ラノベ, 星図詠 『不思議要素の暗示は、はずさない籠手、負けない占い、第十区の祠の碑文、あたりで十分』ふーむ。すると読み手の経験値の問題か。/占いは科学と捉えたけど 2009/04/27

 占いは科学と捉えたけど……そういわれて読み返すとそんな気もしてきました。*1 うーむ、ご指摘のように読み手の経験値というか下地の違いなのかしら。どうやら俺の場合、ラノベは超常要素が出てくるもの、少なくとも出てきて当然で何の不思議もないもの、として読んでるっぽい。*2 ああ、だから『アクマ・オージ』の、特に2巻での超常要素を表に出すかどうかギリギリの綱渡りに非常に奇妙な感覚を覚えたのか。

*1:逆に、読み返してみると星図(せいずよみ)ってのが意味深な気もしてきたり。例えばどピーカンの空のもと雨を予測したのって、昨夜、星を見たときに瞬き具合とか湿度とか雲の流れをチェックしたから? それとも星そのものが根拠? そもそも冒頭からサラッとリーナが生きているこの星の形なんて言ってるし……

*2:もちろんラノベレーベルであっても、さすがに秋山完とか野尻抱介とか小川一水とか林譲治の作品を読む時にはそうは思ってないはずだけど。

岡崎裕信『アクマ・オージ 3 セイレーンが歌う海』(集英社スーパーダッシュ文庫)

 初めての作者オリジナル2巻越え、各巻ごとの落差の大きさと、ラストの延々と説明が続く幕間〜エピローグはそれ故のいきばたモードなのかと思ってたら、アクマ・オージ3 - isuの日記*1によると、当初から3巻予定で、そして予定どおりの完走らしい。てことはまさか、最初っからこういう超展開な構成を構想して書いてたのか……うーむ、作者の脳みそが一番悪魔的かもしれん。
 いや、それよりも更に、岡崎氏には失礼ながら、本作を最初っから全3巻でGoサインを出し無事に完走させながら、その一方であれとかあれとかあれとかには「俺たちの戦いはこれからだ」エンドすら書かさないSD文庫編集部のほうが、もっと悪魔的か。