小川遊水池@blog: 氷川丸

 あやや、わずか2日違いで同じものを見に行ってても、やっぱ素養のある人の感想は面白いな。


 日本でまともな全溶接船が作られるようになったのは戦後なので、この船はリベットだらけです。三度も機雷をくらっても沈まなかったというだけあって、防水扉は立派なもの。プロムナードデッキやスモーキングサロンは、家が建つほど高価な船賃がかかったというだけあって、木とニスの香りのするすてきな空間でした。明治村を思い起こしたな。
 ブリッジは計器がほとんどなくて微笑ましい。戦中はレーダーもなかったはずなので、それこそ、この空間に人がいっぱいいたのでしょう。
え、俺の感想? えーと、機関室の主機関操縦ハンドルを見て「おー、ここってエンタープライズならジョーディのコンソール」とか、そんなところでした。
 しかしこの機関室、運用時にはどのくらいの人数が詰めてたのかな? 通路の狭さとかタラップの急さとか、観光客がそろそろ歩いても足下が危ないくらいなんだが、往時はここをどんなペースで機関員が行き来してたんだろう。それこそギャラクシー級のあのゆったりした空間ですら、緊急時にはえらいことになってるわけで、氷川丸の機関室の緊急時って、どんな様子だったんだろう。