なんか最近そういう話題で盛り上がってるらしいけど、

 眺めてると、表現規制に賛同する、あるいはそもそも「危険な表現」の存在を認める左翼の人なんてのが存在するらしい。少なくとも当人にとっては左翼であることと規制すべき表現が存在しうるということが無矛盾に両立し得るのか、不思議不思議。
 (プレイ|視聴|読書)した人に他者の権利を侵害する行動を惹起する可能性のある表現を規制すべきだってんなら、まずは可能性どころか実際に大躍進政策文化大革命スターリン粛正とクメール・ルージュ虐殺を生んだ、エンゲルスだのマルクスだのレーニンだのの諸著作なんぞ直ちに発禁にすべきだとは思わないものなのかしらね。