美奈川護『ヴァンダル画廊街の奇跡』(電撃文庫)

 「リアル版『白い服の男』」という皮を被ったおとぎ話、あるいは近未来SF*1のふりをしたファンタジー表現の自由に対する強権を発動したくなるほどの大戦があったにしては舞台となる街々の美術館も収蔵品も無事で現在の読者の知っている佇まいが色濃く残り、なぜか世界統一政府があるのに国際刑事警察機構も現役。*2 正直、設定オタっぽい読者としてはかなりの違和感を感じざるをえない。
 舞台を架空世界にしちゃえばそういう点はもっと上手くごまかせただろうけど、そうするとそれぞれの絵画はじめ芸術作品がいかに人の心を動かすほど美しいかをゼロから描写しなきゃならなくなるわけで、意地悪な見方をすれば、現実世界の既存の芸術作品を使ってそこのところの手を抜くために、あえて世界設定のちぐはぐさには目をつぶった、という気もしないではない。
 で、一旦そういう細部が気になり始めると、主人公の動機付けそのものといった根幹にも引っかかってしまう。主人公には個人的な目的と、世界を変えるための大きな目的の二つがあって、前者はまぁ個人的にはあの処分方法を選ぶのが理解できんけどラストで決着がついたとして、後者のために、見るのも報道するのも規制されると分かっており、かつ、一切の規制がなくても一週間で消える壁画、という手段を選ぶ理由が本気で分からん。これ、俺の芸術的感性がないから理解できないだけなのかしら?
 てなわけで、悪い話じゃないと思うけど、そういう技巧的な部分が気になりすぎて、お話しに浸れなかったのが残念。

ヴァンダル画廊街の奇跡 (電撃文庫)

ヴァンダル画廊街の奇跡 (電撃文庫)

*1:光速輸送ポッドやAI鷲やパイプオルガンサイボーグが割と当たり前に受け取られてるなところを見ると、あんまり「近」でもないか。

*2:ま、こっちは現在の合衆国的な連邦政府と州の関係みたいなものと考えればいいか。