廉価少売の文芸出版界 - 笠井潔

作家のサイドからいうと、それは本の価格が低すぎるからだということになる。職業作家の八割以上が、単行本の売れ行きで一万部から三万部のあいだに分布している。本の価格が平均千五百円として、それでは印税収入は百五十万から、最大で四百五十万にしかならない。ほとんどの作家が、印税収入では暮らせないのが現状である。
(中略)
 アメリカやフランスと比較して、文芸書を中心とした日本の本の価格は、二分の一から三分の一に過ぎない。価格を倍、ないし三倍に引き上げれば、それで問題は解消される。
(中略)
 なぜ以上のような事態が生じたのかといえば、日本では本の価格も原稿料も、所得や物価の平均水準の上昇に比例することなく、異常に低い水準に固定化されてきたからだ。

 ライトノベル雑誌は何が目的で作られているのか考えてみる - ラノ漫―ラノベのマンガを本気で作る編集者の雑記―より。さて、書籍代3倍に俺の財布は耐えうるか……無理や、飢え死ぬ。単価が3倍になったら、購入数を3分の1とまでは言わんけどそこそこ削らんと死ねるな。
 しかし欧米との比較はともかく、*1 そんなに本の値段って変わってないのかしら。どうも実感とは食い違うな。俺の部屋の発掘可能な範囲にある一番古い本だと……

  発行年 形態 ページ数 (税抜)価格 ページ単価
新井素子『あたしの中の…』奇想天外社 1978 ハードカバー 222 880円 3.96円
カール・セーガン『COSMOS 上』朝日新聞社出版局 1980 ハードカバー 326 1400円 4.29円
富野喜幸『伝説巨神イデオン I 覚醒編』朝日ソノラマの旧版 1981 文庫本 254 380円 1.50円
ダグラス・アダムス『銀河ヒッチハイク・ガイド』新潮社 1982 文庫本 283 400円 1.41円

 一方で最近の本は、

  発行年 形態 ページ数 (税抜)価格 ページ単価
桜庭一樹『青年のための読書クラブ』新潮社 2007 ハードカバー 231 1400円 6.06円
ミチオ・カク『パラレルワールド―11次元の宇宙から超空間へ』日本放送出版協会 2006 ハードカバー 437+40 2300円 5.15円
成田良悟『バッカーノ! 2002 【A side】』メディアワークス 2007 文庫本 289 550円 1.90円
グレッグ・イーガン『順列都市〈上〉』早川書房 2006 文庫本 282 620円 2.20円

 もちろんこのお値段が中身に見合ってるのか、筆者/翻訳者/編集者/出版社にとって充分なのかどうかは別問題であることを承知の上で、似たジャンルごとにページ単価を比較すると、この25年程で若手作家のハードカバーが1.53倍、翻訳ノンフィクションハードカバーが1.2倍、中高生向け文庫本が1.27倍、翻訳SF文庫本が1.56倍。一方、平成17年版 労働経済の分析のII-1-2-3 勤労者生活における実収入、可処分所得、消費支出によれば、1975年と2004年で勤労者世帯の可処分所得は1.15倍。少なくとも本の価格の上昇ペースが可処分所得の平均水準のそれを下回ることは無さそうですな。
 ん〜、やっぱさすが笠井潔*2 ということになっちゃったかな。

追記:もっと条件を揃えろというツッコミが電波の人*3から来た。

 新井素子さんの文庫書き下ろし一冊目と最新作、23年間で1.68倍。ホーガンなら24年間で1.88倍。ちょっとこれ以外は作者・形態・出版社まで揃えられるサンプルは発掘できないけど、*4 ↑の議論を修正する必要はなさそう。つまり、ちゃんと安定した人気を保って水準以上に売れる作家であれば、少なくともページ単価は平均可処分所得を上回るペースで上がってる例が複数ある、と。

  発行年 形態 ページ数 (税抜)価格 ページ単価
新井素子『いつか猫になる日まで』集英社 1980 文庫本 259 280円 1.08円
新井素子『チェックメイト 後編』集英社 2003 文庫本 284 514円 1.80円
ジェイムズ・P・ホーガン『星を継ぐもの』東京創元社 1980 文庫本 308 360円 1.17円
ジェイムズ・P・ホーガン『揺籃の星 下』東京創元社 2004 文庫本 382 840円 2.20円

*1:再販制度もないし、印税その他の配分基準も違うだろうから、小売りの定価を単純比較することに意味があるとはあまり思えませんね。

*2:社会問題を実証的に見る癖を身につけてる人の経歴じゃ……げふんげふん。ひょっとしてご自身の著書の売れ行きが奮わないという私憤を出版業界の体質問題という公憤にすり替え……げひんげひん。

*3:五代ゆうさんだと小説を送信してくるそうですが、俺の電波の人はツッコミと揚げ足取り専門みたいです。

*4:版元が違ってるケースならダグラス・アダムス『さようなら、いままで魚をありがとう』河出文庫(2006年, 280頁, 650円)があるな。もちろんこれを入れても結論に変動はない。