月面に降り立たなかった男: きぼう アラカルト : 宇宙 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

 著作権的にはあかんのだろうけど、この記事が僅か数ヵ月後には読めなくなるのが惜しすぎるので、ごっそりコピペ。

 アポロ11号による人類初の月着陸から、来月20日で40年となる。11号の乗員はニール・アームストロング船長、バズ・オルドリン、マイケル・コリンズの3人だが、実はコリンズは月面を踏んでいない。司令船パイロットの彼は、110キロ上空から月面の2人を見守り続け、21時間余りの滞在を終えた船長らを回収、地球へ帰還させた。地味な役割だった。
 月着陸船「イーグル」に乗り込むのは船長とオルドリン。先に降り立つのは船長。コリンズは司令船で待機。こう任務が決まるとマスコミはコリンズに心境を尋ねた。彼は「月飛行の99・9%は同行するのだから、それで十分」と静かに答えた。
 悔しくなかったはずはない、と思う。救いは、明るく人なつこい彼の性格だった。周囲の皆が彼を思いやった。着陸船が降下を始めた時、船長の母親は、自分が緊張の極限にありながら、コリンズを気遣った。「彼が一緒には行けないことを申し訳なく思いました。献身的な彼をとても誇らしく思いました」
 1969年7月20日米東部時間午後4時17分39秒、イーグルは「静かの海」に舞い降り、船長が発した「1人の人間にとっては小さな1歩だが、人類にとっては偉大な飛躍だ」という言葉は歴史に大きく刻まれた。
 約3時間後、彼らの月面活動は終了した。しかし、コリンズにはこれからが大変だった。
 着陸船のエンジンが作動しなかったら? 彼の神経は高ぶった。離陸失敗の場合、彼は酸素のない荒涼の地に仲間を残し、独り地球へ帰還するよう指示されていた。
 離陸成功! 次は、時速6000キロでのランデブー、ドッキングを成功させ、着陸船を捕まえなければならない。彼はこの日、コンピューターのボタンを850回も押して指示を入力した。1回でも間違えたら命にかかわることもあり得た。だが彼は冷静にやり遂げた。
 7月24日、3人は無事帰還。世界中で歓迎式典が開かれたが、注目されるのはやはり「最初の1歩」を記したアームストロングだった。  しかし私は、コリンズこそ真に宇宙時代を体感した「最初の人間」だったのではないかと思い始めている。
 コリンズはたった1人、月の裏側を飛行していた時の気持ちをこう語る。  <特に月の裏側にいるときは格別な感情を味わった。私はほんとうに1人だ。全太陽系のなかで、自分の生まれた惑星すら見ることのできない、たった1人の人間>
 <私は今1人、まったくの1人だ。月の向こう側には30億人プラス2人、こちら側には1人プラスそれ以外の人数>  最後の「それ以外の人数」というのは、我々以外の知的生命体のことだろう。宇宙生命の気配を感じ取る。それほど高貴な孤独だったのだ。(科学部長 柴田文隆)
(2009年6月15日 読売新聞)